1879年 京都府伏見生まれ
1893年 竹内栖鳳の門下に入り日本画を学ぶ
1894年 京都市工芸品展で「箕面瀑布図」が褒状、日本美術協会展で「鷹狩図」が三等
1895年 第4回内国勧業博覧会で「富士川水禽図」が褒状、日本青年絵画共進会で「対風牡丹図」が二等
1903年 第5回内国勧業博覧会で「詰汾興魏図」が三等
1905年 橋本関雪や西村五雲ら7名と共に水曜会を結成、機関誌『黎明』を刊行(至1909年)
1907年 第1回文展で「広寒宮」が三等
1908年 第2回文展で「軒迷開悟」が褒状
1909年 京都市絵画専門学校助教諭、第3回文展で「花見」が三等
1910年 竹内栖鳳の東本願寺天井絵制作の助手を土田麦僊と共に務める
1912年 第6回文展で「青田」が三等
1914年 第8回文展で「採桑」三等
1915年 第9回文展で「農夫」三等
1916年 第10回文展で「未☆の女」が特選
1917年 第11回文展で「短夜」が特選
1918年 第12回文展で「落梅」が特選
1919年 京都市立絵画専門学校(後の京都市立芸術大学)教授、第1回帝展の審査員(以後第10回帝展まで務める)
1921年 画塾「青甲社」を主宰
1929年 帝国美術院会員
1933年 京都市立絵画専門学校校長、大礼記念京都美術館評議員
1936年 京都市絵画専門学校と京都市美術工芸学校を退官
1944年 帝室技芸員、第1回文展審査員
1950年 京都市立美術大学名誉教授
1951年 日展運営会理事
1957年 文化勲章受章、併せて文化功労者顕彰
1958年 逝去 享年79 贈正三位 勲二等旭日重光