清水登之(1887-1945)しみず・とし
明治20年栃木県下都賀郡国府村(現在の栃木市)生まれ。明治40年、20歳の時に渡米し、働きながらシアトルのフォッコ・タダマの画塾で絵画の基礎を学んだ。大正6年ニューヨークに出てアート・スチューデント・リーグで苦学しながら制作に励み、当時のアメリカの絵画の影響を受けた独自の画風を確立していった。大正10年アメリカ絵画彫刻展での受賞をきっかけに頭角を現し、インディペンデント・アーティスト展を主な発表の場とし、サロンズ・オブ・アメリカ展などにも出品した。大正13年フランスに渡り3年後に帰国。帰国後は二科展などに出品し、昭和4年に樗牛賞、翌年二科賞を受賞した。昭和5年独立美術協会の創立に参加し、以後独立展に出品した。昭和20年、59歳で死去した。